MATT HAIG著 『THE MIDNIGHT LIBRARY』翻訳其の⑩

「何?」

「あなたが可能性を持っているのと同じくらいたくさんあなたは生き方を持っています。あなたが様々な選択をする生き方があるのです。そしてそれらの選択は様々な結果へと通じます。もしあなたがただひとつのことを違った風にやっていたなら、あなたは違った人生の物語を生きるでしょう。そしてそれらの違った人生の物語はすべて真夜中の図書館に存在してるのです。それらの人生の物語は今の人生と同じくらい本物なのです」

「平行する生き方?」

「必ずしも平行ではありません。幾つかの生き方はより……垂直なものです。それで、あなたはあなたが生きることができる生き方を生きたい?あなたは違った風に物事をやってみたい?あなたが変えたいと願うことはある?あなたは間違ったことをやりましたか?」

それは簡単な質問だった。「はい。まったく全部何もかも」

その答えは司書の鼻をくすぐったようだった。

エルムさんはポロネックの内側のポケットにいっぱい詰まったティッシュペーパーを素早くかき回して探した。エルムさんはティッシュペーパーを素早く顔の方へ持っていって、その中へくしゃみをした。

「お大事に」とノラは言った。そして、エルムさんがある奇妙な健康によい魔法を通して、ティッシュペーパーを使い終えるやいなや、ペーパーが司書の手から消えるのを見ていた。

「心配しないで。ティッシュは生き方のようなものです。いつももっとそれ以上のものがある」エルムさんは彼女の一連の考えのもとに戻った。

「ひとつのことを違った風にやることはしばしばすべてのことを違った風にやることと同じなのです。我々がどれだけ試みようと、行為は一生の内でひっくり返ることはないのです……しかしあなたはもはや一生の内にはありません。あなたは外へポンと飛び出したのです。ノラ、事態がどうなるか、これはあなたの絶好の機会なのです」

これは現実のはずはない。 ノラは独り思った。

エルムさんは自分の考えていることを知ってるように思えた。

「おお、それは現実なのです、ノラ・シード。でもそれはあなたが理解してるほどの現実ではない。より良い言葉がありません。それは中間的なものなのです。それは命でもない。それは死でもない。それは従来の意味での現実世界ではありません。でもそれは夢でもない。それはひとつのことあるいは別のことでもありません。それは、つまり、真夜中の図書館なのです」

ゆっくり動いている棚の動きが止まった。ノラは彼女の肩の高さ、彼女の右側の棚のひとつに大きな隙間があるのに気づいた。棚のほかのエリアは本がぎっしり隙間なく並んでいた。しかし、ここでは、細くて白い棚にたった一冊の本がぺたりと横たわっていた。

この本はほかの本と違って緑色ではなかった。その本は灰色だった。ノラが霧の中で見た建物の正面の石と同じくらいの灰色。

エルムさんはその本を棚から抜き取って、それをノラへ手渡した。

ノラは、エルムさんからクリスマスプレゼントを貰ったかのごとく、期待の誇りの僅かな表情を見せた。

エルムさんがその本を持っているときはその本は軽いように思われた。しかし、その本は思ったよりもはるかに重かった。ノラはその本を開きかけた。

エルムさんは首を振った。

「あなたはいつも私の許可を待たなければいけない」

「どうして?」

「ここの本全部、この全図書館のすべての本は—一冊以外は—あなたの生き方のひとつの変形なのです。この図書館はあなたのものです。図書館はあなたのためにある。ほら、みんなの生き方は無数のやり方で終わったかもしれない。棚の本たちはあなたの生き方です。すべては同じ時点から始まる。ただ今。真夜中。4月28日の火曜日。しかし、この真夜中の可能性は同じではありません。幾つかの可能性は似ているし、幾つかの可能性はとても違っている」「これは素晴らしいものです」ノラは言った。「これ以外?この本以外?」

ノラは灰色の本をエルムさんの方へ傾けた。

エルムさんは眉を上げた。「はい。その本です。その本はあなたがタイプする必要もなく書き上げた本です」「何?」「この本はあなたの問題すべての原因です。そして、それらへの答えでもあるのです」「でもそれは何?」「あなた、その本は後悔の本という名前の本です」


               後悔の書

ノラはその本を見つめた。ノラはいまそれを見ることができた。カバーに小さな字体が浮き彫りにされている。


               後悔の書 

「あなたの誕生以来、あなたが抱いたすべての後悔がここに記録されています」

エルムさんはカバーを指でコツコツたたきながら言った。「さあ、本を開いてもいいわよ」

本はとても重かったため、ノラはページを開くために石の床の上に足を組んで座った。

ノラは本をざっと読み始めた。

本は章ごとに分かれていた。彼女の人生が年代順に並んでいる。0から35までずらりと。章は、本が年ごとに進むにつれ、はるかに長くなった。しかし、ノラがためていた後悔はとりわけ問題のその年とは関係なかった。

「後悔は年代記を無視する。後悔はただ漂っている。これらのリストの前後関係はいつも変わる」「まさしく、はい、それはよく分かると思う」

後悔が重要でない毎日のこと(「私は今日全く運動をしなかったことを後悔している」)から内容のあること(「私は父が死ぬ前に愛していると父に言わなかったことを後悔している」)にまで及んでいることにノラはすぐに気づいた。





ゆるゆる警備員日誌

中年の警備員男子です。徒然なるままにケイビな日々を綴ります。

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