MATT HAIG著 『THE MIDNIGHT LIBRARY』翻訳其の⑭

 この人生ではノラはおそらく男の名前を知っていた。「まったく。はい。もちろん。金曜日。素晴らしい夜になるはず」

少なくともノラの声はノラの声のごとく思われた。ノラは、男が道を渡り、明らかに車の往来がないにも関わらず、男が数回左と右を見て、田舎家の間の小道に姿を消すのを見守った。

それは本当に起きていた。実際に以上だった。これはパブの暮らしだった。これは現実になった夢だった。

「これはとてもとても奇妙だわ」ノラは夜の中へ言った。「とても。とても。奇妙」

それから3人のグループもパブを離れた。2人の女と1人の男。彼らは通り過ぎるときにノラへ微笑んだ。

「今度は勝つわよ」女の1人が言った。

「ええ」ノラは答えた。「いつも次回があるわ」

ノラはパブまで歩いて行って、窓の中をそっと覗き込んだ。中は誰もいないようだったが、電気はまだ点いていた。あのグループは最後の客だったに違いない。

パブはとても気をそそる感じだった。暖かくて個性的で面白い。小さなテーブルと木製の梁と壁に取り付けられた馬車の車輪。豪勢な赤の絨毯と目を引くようにずらりと並んだビールポンプでいっぱいの鏡板張りのバーのカウンター。

ノラは窓から下がって、歩道が草地になる辺りを通り過ぎたところにあるちょうどパブの向こうの看板を見た。

ノラは素早く歩み寄って文字を読んだ。


             リトルワース

          気の付くドライバーたちを歓迎します

それからノラは、看板の上部中央にオックスフォードシャー州地方議会という言葉を囲むようにある腕たちの小さなコートに気づいた。

「私たちはやりました」ノラは田舎の空気の中に囁いた。「私たちは実際にやりました」

これは、ノラとダンがパリのセーヌ川の畔を歩いて、二人でサンミッシェル通りで購入したマカロニを食べながら、ダンが最初にノラへ述べた夢だった。

パリではなく、二人で一緒に暮らすことができるイギリスの田舎の夢。

オックスフォードシャーの田舎のパブ。

ノラの母の癌が攻撃的に戻り、それが母のリンパ節に達し、素早く彼女の体を侵し始めたときに、その夢は保留され、ダンはノラとロンドンからベッドフォードへ戻った。母は二人の婚約のことを知っていて、母は結婚式までは生きるつもりだった。母は四ヶ月早く息を引き取った。

多分以上だった。多分これが人生というものだった。多分これが初めての幸運だった。あるいは二番目の幸運だったかもしれない。ノラは敢えて心配して微笑んでみせた。

ノラは小道に沿って砂利をザクザク踏み、ワックスジャケットを着た酔っ払いの頬ひげの男が最近発った脇の扉の方へ向かった。ノラは深く深呼吸をし、中へ入った。中は暖かだった。そして、静かだった。

ノラはある種の廊下にいた。テラコッタの床のタイル。低い位置には木の羽目板、その上にはスズカケの葉たちの挿絵でいっぱいの壁紙。



ゆるゆる警備員日誌

中年の警備員男子です。徒然なるままにケイビな日々を綴ります。

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